シネマティック・アーキテクチャ・モントリオール

2019年1月にカナダ・ケベック州モントリオールのマギル大学建築学部にシネマティック・アーキテクチャ東京ディレクターの緒方が招かれ当地で開催したワークショップとトークについてレポートする。マギル大学は人気作家アンドリュー・パイパーなど多くの文化人が学んだ、フランス語圏ケベック州に英国人が設立した英語を公用語とする名門教育機関。近年では、日本アニメ論『アニメ・マシーン』(原書2008/邦訳2013)を著したトーマス・ラマール教授も当校で教鞭を執っている。そのため、州外を始め、各国からの留学生が多く在籍しているのが特徴。外部の血を積極的に導入する理念は日本にはないものと言える。ワークショップ『Cinématic Architecture Montréal』は、同校建築学部のイペック・テュレリ教授の2018/19年度後期プログラム「(モントリオールを舞台とした)建築的アーバン・プロジェクション』の発想段階に寄与する目的で昨年相談を受けたものが今回実現した。対象学生の9割がアジア、ヨーロッパ、米国からの留学生というインターナショナルな構成に対し、彼らがふだん暮らしているモントリオールの地を別角度から感じてもらうコンセプト。簡単に言えば、ケベック州を含む同地に関わる作家達を選び、緒方と話し合いながらそれを”建築的に”変換・構築・表現する、というプログラムだ。

彼らが選んだ作家は、歌手レナード・コーエン、映画作家では、グザヴィエ・ドランやドゥニ・ヴィルヌーヴ、ジャン・マルク=ヴァレ、それに(スタジオジブリが紹介し日本でも知られている)アニメーション作家フレデリック・バックなど当地出身の作家達。その他、ポール・ヴァレリー、ワルター・ベンヤミン、ミシェル・フーコー、ジウリアーナ・ブルーノの哲学、思想、評論、SANAAや安藤忠雄、アドルフ・ロースなどの空間概念が随所に埋め込まれたり会話に上がってくる、まさに”コンセプチュアル”なステージになった。彼らの表現からは何かこの地の奥底から響く”叫び”のようなものを感じ取ることができた。準備を含めると2週間弱だったが、多くが「初めて知りました」と言いながらもこのような”難問(?)”に対し柔軟で真摯に取り組み、大胆に描き切ってくれた彼らを評価したい。(イメージは各表現のセグメント)

また、滞在中に同校で開催された『動機の源~映像から建築・アーバニズムへ』と題したレクチャーは、ランチタイム・トークと言って学生たちの主催によるもので、カジュアルにゲストから具体的な話しが聞ける、というもの。緒方の映像作品『Hiroshima Through Light』の上映に続き、この作品制作のいきさつや、その背景にある個人的動機を公共プロジェクトに発展させる一例として具体的に説明した。続いて本郷~北陸~横浜ほか各地でのシネマティック・アーキテクチャ東京の歴史と活動の紹介。これまでの実験的試みや参加者の表現に加え、特に2016年から関わっている北陸地方と拠点の富山県高岡市について、なぜこの場所に惹かれたのかについて、当地が舞台のアニメ(『君の膵臓を食べたい』やPAワークス作品など)や小説(『青桐』)を始めとするいくつかの作品の断片を見せながら説明した。美しく質の高い作品がここ(北陸/PAワークスは、富山県南砺市が拠点)から生まれていることや、聖地になっていることなどを話しながら受け取れる聴衆の反応から、今や新しい日本文化と言えるアニメを普通に海外に伝えることでができる時代なのだと感じた。また北陸風景のスライドを見せて「ケベックとも類似点があるので、いつの日かぜひおいで下さい」と言い添えると「ケベックはこんなに綺麗じゃない」と皆さん笑っていたが、終了後にケベック人の都市計画専攻の大学院生が歩み寄り「都市問題含め似た部分も感じた」とコメントをくれた。学生、教員、学外からの方を含む皆さんから「あのショットの意味は?」や「トークからこんなことを連想した」など熱心な質問や感想をもらい、シネマティック・アーキテクチャ東京の今後の展開にとっても新しい気づきあのある実り多いモントリオールでの機会だった。お招き頂いたイペック・テュレリ教授の実験・チャレンジ精神に感謝したい。

カナダで唯一、公用語をフランス語としているケベック州の州都モントリオールについても多少述べておこう。同市がケベックのみならずカナダにおける文化・芸術の中心地となっているのは、市内に数多くの美術館やギャラリー、NPOのアートセンター、映画館があること、特に北米でもユニークな建築専門の展示空間を含む総合施設カナダ建築センター(CCA)があることからも感じられる。広々とした施設に、建築、都市計画、美術寄りの建築の建築表現の3種の企画が同時進行しているほどの規模だ。メインの建築展『ポストモダニズム建築それ自体と、その他のポストモダニストたちの伝説』は、建築ポストモダン時代のマイケル・グレーブス、フランク・ゲーリー、ピーター・アイゼンマンらのスター建築(家)だけでなく、ゴードン・マッタ=クラークなど、美術領域の作家までをも包括する展示で、とても数時間では観きれないもの。また、美術展はイタリアのスーパー・ステュディオのメンバー、アレッサンドロ・ポーリが制作したドキュメンタリー映画と制作背景を伝える絵コンテを中心とする展示。また、『ミルトン・パルク~あの時われわれはどうしたのか?』は、60年代き起きた不動産企業による大規模開発に反対する市民運動を時を経た今、再考察するという、日本ではほとんど見ることのない都市計画に関する展示。

また、モントリオール美術館の映画館のロビー内では、地元ケベック州で活躍するの女性映画作家たちを丁寧に紹介していて、モントリオール在住のジェニファー・アレイン監督による恋人との別離の後を繊細に描いた私小説的作品『Impetus』(2018)や是枝裕和監督の『万引き家族』(2018)が上映中だった。また、再開発地区の一角の古い倉庫ビルのアートセンターで、レバノンの首都ベイルートを都市的な視点で描いたラナ・イード監督の詩的なでエレガントなドキュメンタリー映像作品『Panoptic』(2017)を観る機会があった。ちなみに、多くの中東系の移民が暮らす現在のモントリオールには、実際、多種多様な人種や考え方が共存し、混ざり合い、それが文化度を高めている都市であると感じ取る事ができる。市内の交通機関は全て仏英語表記、構内および車内アナウンスは全てフランス語。